上州のくらしとまつり 都丸十九一/文 須藤功/写真 谷川岳 おんまらさま 小池祭り 少林山のダルマ市 女人講の石碑 馬頭観音とカキバナ

上州のくらしとまつり 都丸十九一/文 須藤功/写真 谷川岳 おんまらさま 小池祭り 少林山のダルマ市 女人講の石碑 馬頭観音とカキバナ 收藏

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上州のくらしとまつり


古本

著者 都丸十九一  須藤功:写真
発行所 煥乎堂  
発行日 昭和52年10月20日  2刷  画像8
発売時の定価  3,200円 発売時の税込み
大きさ 約188x263x23ミリ  
重さ 約931グラム  
本文ページ数 260ページ  


発送方法 送料(落札者様負担)※1
おてがる配送ゆうパケットポスト 230円
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掲載写真は394枚/212ページ
(約80パーセントが写真ページです)
 本の状態など  参考画像
・約48年前の古本です。 画像1~10
・天地小口の一部に薄い黄焼けがあります。画像では判らない程度です。 画像2,3
・本文には焼けはありません。 画像4~10
・表紙は布装丁です。カバーはありません。 画像2
・函はしっかりした作りで、大きな当たりや凹みはありませんが、角々に擦れ傷が多数あります。
・函の裏の白地の部分が薄汚れています。
画像1,2,3
・帯にも擦れ傷と薄汚れがあります。 画像1,3,6
・読まれた形跡を感じさせない本です。長期保存未使用品と記載したところですが、本と言う性質上、【未使用=未読】、未読であることの証明ができません。 画像1~10


書籍の内容 (目次・まえがき・序など)
  目次
  口絵カラー ・・・画像4,5

序 ちょっとひとこと 宮本 常一・・・画像4
撮影地案内・・・画像7
  あらたなる年を
 大根掘り
 上州の山波
 須田貝遠望
 明川の民家
 冬の湯ノ小屋
 火の見やぐら
 板木 
 谷川岳の見える村
 暮れの本多家
 門松迎え
 正月飾りの準備
 正月のしたく
 元日の朝
 少林山のダルマ市
 女人講の石碑
  小正月を迎えて
 石碑にもマユ玉
 今井家の小正月飾り
 今井家のアーボヒーボ
 間物の門松
 間物部落と小正月飾り
 おんまらさま
 吾妻の小正月飾り
 農具のつくりもの
 タワラ
 さまざまな小正月飾り:
 カキバナを飾る
 道祖神とカキバナ
 馬頭観音とカキバナ
 ドウロクジン焼き
 トリオイジシ
 小池祭り
 材木出し
  きさらぎの日々
小項目は略
  春近い日に
小項目は略
  心なごむ春の日に
小項目は略
  桑若葉の季節に・・・画像8
小項目は略
  苗、地に育つころ
小項目は略
  禍いを川に流して
小項目は略
  祖霊迎える月
小項目は略
  刈り入れを目前に
小項目は略
  実り刈る秋に
小項目は略
  豊作の音響いて
小項目は略
  空風の師走に・・・画像9
上州のくらしとまつり 都丸十九一
 一、はじめに
  祭る目的によって
  祭る主体によって
 二、正月の祭り
 三、田遊び、春鍬、墨つけの祭り
 四、神々の巡幸
 五、祇園祭りと水神祭り
 六、盆の魂祭り
 七、小さな家々の祭り:
 八、利根の秋祭り
 九、屋敷神祭り同族の祭り
 一〇、神事と祭礼
 あとがき 上州と私" 首藤功

撮影年月日一覧
.冬の桑畑
ダルマつくり
都丸 十九一

須藤 功
 暮れの市
 

裝幀 有村 真鉄
地図イラスト 佐々木 真紀子



  ちょっとひとこと・・・画像4
 須藤功君が群馬へ写真をとりにいくようになったのは昭和四十二年であったと思う。 日本観光文化研究所から出している「あるくみるきく』という雑誌に、都丸さんに奥利根のことを書いてもらうことになり、その文章のための写真をとりにいったのである。須藤君はそこで都丸さんというすばらしい人に出逢った。群馬県の民俗のことについては実によく知っている上に、親切でゆき届いた助言もして下さる。それは須藤君のカメラ眼を深くたしかなものにしていくのに大きく役立った。同時に群馬は東京にも近いので度々出かけることが可能であった。須藤君は都丸さんに県下のいろいろの行事について教えられ、それを現地に出かけていって撮影した。そしてそれがかなりの量になったとき、都丸さんから本にして見てはとの相談をうけた。地元の煥乎堂が出版をひきうけようとの話で、私はこの上ないよいことだと思った。長い間日本の出版事業はほとんど東京でおこなわれて来たが、地方に出版事業を盛にすることが地域社会の文運を盛んならしめる上に何よりも重要なことであると思っていた。昭和二十年以前には地方で学問に親しみ得る人は限られており、また財 政的にも貧しい者が多かったが、昭和二十年以後は事情が違って来た。戦後都市民が食料不足になやむことによって食料価格は公定されたものをはるかにこえ、また農地解放によって自立の農家がふえ、それが農家の懐をゆたかにし、子弟勉強させるゆとりをもたせて来た。その上各県の県庁所在地には国立の大学がおかれ、私立大学にいたっては全く乱立するといっていいほど設置された。このようにして読書人口は著しくふえた上に、それが全国に普遍化した。すると地方新刊の書物を吸収する力を十分持って来ているはずであり、地域社会にとって必要な図書は地方都市で出版することが、地域社会の文化を高めていく上の重要な手段の一つであると考えた。そこでそのことを人にも説いて来た。事実地方出版される書物の数もだんだんふえて来たのであった。この書物もそうした趣旨にそう出版の一つになる。
 群馬県は東京に近いけれども東京ではない。群馬には群馬の特色がある。それはまた地元の人でないとしっかりと把握できない。しっかり把握したものであれば、地元の人は納得して読者になってくれるばかりでなく、それが地域社会に対 する眼をひらき、地域社会について考える人の数を増すきっかけにもなろう。そして、ここに古くから住みついている人びびとの生活や習俗がとらえられて一冊の書物にまとめられるとするならば、それは同時に県民の文化的な財産にもなってゆこう。それには単に個人の感傷に左右されるものでなく、できるだけ客観性のあるものにしなければならないとして、昭和四十八年三月出版社の援助、都丸さんの御案内によって日本観光文化研究所の仲間が県下をバスで二日ほどかけて、ザッとではあるが見てあるき、その見聞をもとにして討論しあった。
 群馬というところは妙義や榛名の中腹から見はるかすと、山が北および西から東南へゆるやかになだれており、その所所に谷があって、そこには村や町があるが、ゆるやかなスロープの上は雑木林や耕地になっている。ずっと古い昔、そこは牧野として利用されたであろうし、また西からの文化は碓氷の坂をこえてこの斜面に出て来るとそこに定着して花をひらいていったと思われる。そこには文化の定着し得るような広さとゆたかさがあるのである。 しかし『延喜式』に記載さ れた神社の数は一二座であり、そのうち宇芸伊加保榛名赤城大国の五社は地主神的なものと思われ、新来者によってまつられた神は七社ではないかと思われる。つまり神を奉じて他から来たと見られるものは意外に少ないのである。多分はそういうことも原因するかと考えるが、神社のうちに宮座などのあるものはほとんどないようである。つまり、信者を持つ神社はあっても氏人によってまつられる神社は少ないのではないかと思われる。すなわち関西の神社とは性格がかなり違うように見受けられる。また仏教の影響を強く受けた行事、あるいは寺院を中心にした行事なども関西地方に比してずっと少なく、年中行事にも神主姿や僧の姿がほとんど出て来ない。したがって祭礼的なものは少ない。神輿の出る祭も本書では乙父の川降神事がとりあげられているにすぎない。全村民がこぞって昂奮のるつぼに追いこまれるような風景はあまり見かけないのである。そしてつつましくその生活を守り、よく働きつつ、ひたすら幸福を祈り、災厄を避けて来た姿がそこに浮び上って来る。
 これは一つは村の性格にもあったかと思われる。近世の県下の町村の姿を考えてみると交易や交通の中心として発達した町はいくつかあったが、その余の民家の多くは山野にばらばらに散在し、自家のまわりの田畑を耕作する耕地即住の村村が多かった。そういう村々では人びとが集って心をあたためあう機会といえば、夜間を利用する講のようなものが多く、そうでなければ宿場や市のにぎわう日に出かけていって見物客として参加するものが多く、だるま市のようなものでも買い物客として参加しているのであって、住民がこぞって参加主催するような祭は少ない。祭の多くは家々でおこなわれる。この地方の民家は一般に大きい。牛を飼い馬を飼い、蚕を飼う。それらも家族同様に取扱われ、おなじ棟の下で生活する。そういうことが家を大きくしたのであろう。それだけにまた家々の中でおこなう祭も多くなっていったのであろう。家々で順番に集会を持つことも可能だからである。そうして床の間を持つ家にはおびただしい掛軸のかけられているのはそのことを物語るものであり、家々に共通する掛軸のかけられているような場合には、共通の掛軸を持つ人が集って照皇大神宮が圧倒的に多い。この地方は伊勢信仰の盛なところで、伊勢講の数も多く、伊勢への代参者も多かった。
 家を中心に祭が営まれる場合、農家ならば農耕儀礼的なものの多くなるのは当然であり、寄り集っておこなうものだけでなく、家自体でおこなう祭も多くなる。本書にのせられた祭もそうしたものの比重が大きい。これは須藤君の眼がそういうところに最も多く向けられたことにもあるだろうが、同時にそういうものが眼につきやすいほど濃厚に行事が残っているともいえるのである。しかし、家々の祭は家の中でおこなわれるもので、外からはうかがい知ることはむずかしい。家の前に門松がかざられ、軒下に正月飾のしてあるような家ならば、家の中でも祭がおこなわれているに違いないと気付 くのだが、それでは通りがかりの者が家の中へはいってそれに参加させてもらうということができるかといえば、それはむずかしいことになる。しかし須藤君は民家の中へ入り込む機会をたびたび持つことができた。それは都丸さんの指示によることも多く、また写真をとらせてくれた人たちの理解と協力が実に大きかった。それがなければこのような写真集はできないのである。
 昭和四十八年にわれわれが県下を一巡したとき、すでにとられている写真のほかに、こういうものもとっておくといいであろうとか、あるいはまたこの部分はすこし物足りないけれども、これは急になくなるような行事ではないから、後日補訂することもできよう、多少不完全でも早く本にしておくのがよいのではないかと話し合って、その年の秋頃には本にする計画もたてていたのであるが、いつの間にか四年ほどたって今日にいたった。そして、その間にまた多くの写真をとった。このようにして須藤君は群馬へ十年通った。十年も通えば知人も多くでき、見落したものもまた補うこともできる。その上都丸さんとの呼吸も実によく合って、とにかく膨大な資料ができあがった。その中からこれだけを選んで一冊にまとめあげたのである。したがって割愛された写真が実に多い。しかし視点をどこかに絞らないとまとめることができない。そこで農家の生活と、その儀礼を中心にして整理した。社寺の祭礼などがあまり多く出て来ないのも一つはそのためであり、群馬の祭のすべてが網羅されているわけではない。だがここに見られるような生活や儀礼が根づよく残り、そういうものが、人びとの気風とか気質とかを生み出しているのである。そしてそこに農民の律気さというようなものを読みとることができる。
 ただ少しその素朴さ律気さが強調されたようなところがある。榛名山頂からながめた写真を見ると群馬は山ばかりで里も家もほとんどないような印象をうける。しかし山頂を下って見ると山の斜面や谷筋や平野地方に実に多くの人が住み、それぞれの地理環境に即した生活をたてているのである。したがってここに見られるような写真の背景になる写真などももっとほしかったし、ここにおさめられた写真のとられた位置の地図もほしい。そうすれば群馬のどういうところでこの行事のおこなわれているかも明らかになる。
 こういう写真は多くの場合回顧趣味的になる。そしてその方が一般の人にアッピールすることもある。しかしでき得ることなら、これを今日の時点を物語る資料として残しておきたいと思う。それには客観性を失わないようにとの配慮もしたわけである。同時にここに揚げられたものが群馬の人たちの生活や祭のすべてを物語るものでないことも承知してもらいたいと思う。
 いずれにしても県下各地の行事が一人の人の眼によってたしかめられたということは意義が深い。そしてしかもそれが思いつき、あるいはただ眼にとまったものを撮影したというのでなく県下の民俗行事について見通しておられる都丸さんの指示によるものであることによって、行事の重要なものは一通り収められているかと思う。写真そのものもケレン味はないが、村人たちにとけあっていることによって、ほのぼのとしたあたたかさの出ているのが、かえって見る人の心をひくことにもなるかと思う。
   昭和五十二年八月  宮本常一


上州のくらしとまつり  都丸十九一
はじめに

 一日一日のくらしが連続して一年になる。その一年は、のっぺらとしたひと続きではない。緊張と弛緩、動と静である。生産活動期とそうでない時期がある。そうした波のある一年のくらしであるが、祭りはそうしたくらしに折目節目を与え、ある時ははずみをもたせ、ある時はねぎらいのひとときとなる。
 さまざまなくらしの中にあって、生産活動はいちばん基本的なものであろう。かつて人々は、生産もまた神の意思あるいは加護によって成りたつと考えていたであろう。 田畑の稔りは田の神・地神の山の獲物物は山の神、十二様の市場のような商行為にすら、市神の降臨を仰いでその前で行なわれていたのである。そして祭りも、かつてはこれが中軸的なものであった。現代の人々が神に求める幸福という概念も、かつては生産の豊かなる状態だったであろう。そのことは、「海幸山幸」という古が証明しているように思う。それがしだいに発展して、健康である。財宝を豊かに蓄える。良い伴侶を進学できる、まとめて大願成就等さまざまな幸福の内容となったのである。美の女神ヴィーナスすら、その型においては豊作をしているという。これは、人類共通の願いであったのだ。祭りは、基本的には、神にか生を願い、感謝し、個人の災 厄を払い、一族の繁栄を願うところにあったと思われる。
 祭りといえば「お祭り」「お祭り騒ぎ」。やかで華麗で、楽しい雰囲気が漂う。土地土地の秋祭りをはじめ、祇園天王の祭りがその代表としてあげられよう。いわゆる祭礼である。 しかし、この祭礼と祭りとははっきり区別しておいた方がよいと思う。祭礼には、祭りの前後の余興みたいな部分までひっくるめているように感じられる。手でやかで華麗な故に、そしてまた人寄せであるが故に、本来祭りとは無関係なものまで「祭」 冠するに至る。文化祭体育祭農業祭つつじ祭り等々、数多くの神不在の祭りが行なわれているのである。
 神は元来この世に常在しない。あって祭られる折にましますのである。 神社なども、もともとはそうした折の建物だったはずである。やしろは「代」で、神のご殿の代用。つまりお仮屋であったのである。その点では、屋敷稲荷や田の神、伊勢講や三峯講などでつくる藁宮、荒宮をオカリヤと呼んでいるのなどは、原形に近いものであったと思われる。この新治村の小池祭りではホクラサマといっている。ホクラはほこら(祠)。祠もまた社と同義である。 東毛で屋敷神の仮宮をワラホクデン(宝殿)というその宝殿も社である。祠も宝殿もともに神社の発生を考える貴重な材料ということができるのである。このような単純素朴な仮宮では人々がしだいに満足しなくなり、神常在の観念がしだいに普及してくると、神は常に神社に在すこととなるのである。
以下省略

   あとがき 上州と私
 もし見えない糸のつながりというものがあるとするならば、上州と私のつながりはそうしたつながりだといえそうである。というのは、私の母方の祖父は大正の中頃甘楽郡下仁田町本宿で医者をやっていたからで、わずかではあるが私の母は上州の空気に親しんだことのある人だったからである。
 祖父の姓は倉内といった。いまはもう世を去った母の古い袋をまさぐってみると小学五年の修了証書は東京でもらっているが、小学校の卒業証書は下仁田でもらっている。そのあと母は高崎の佐藤裁縫学校にはいる。しかし、そこは卒業しないうちに秋田に移り、数年たって私の父と結ばれる。
 わずかではあったが、母の高崎での学校生活は楽しいものだったらしい。私などお転婆をしたゆかいな話をよく聞かされた。上州での生活は母だけではなく、叔父 母の弟たちも楽しいものだったらしい。上州の話がでるたびに、秋田や仙台にいる叔父たちはよくあの下仁 田にはもう一度行ってみたいという。最近そこ本宿をたずねてみると、当時のことを知っている人がひとりだけいた。
 上州との見えない糸のつながりは、昭和十八年に秋田にいた従姉がわざわざ桐生市長の家に行儀見習にあがったり、戦後、姉夫婦が仕事の関係で高崎に住むようにな ったりしてつづく。
 そのつながりが私とのものになるのは昭和四十二年の十月のことである。その年の三月、私はそれまでの給与生活者から一転して収入の一定しない生活に変った。家 庭を持っ私にとってそれは危い綱渡りのようなものであった。それはそれまでやっていた写真の仕事を自分のやりたい民俗の中に生かし、しかもその写真で食えるよう になり、同時に民俗学をもっとやりたいと思ってのことであった。それには東京にある近畿日本ツーリストの日本観光文化研究所の一員になれそうだ、ということもあった。そこの所長は民俗学者の宮本常一氏である。
 そうして形の上ではひとり立ちしてみたものの、いざカメラを構えてみると、それまでの記念写真や機械の部品を写していたのとはわけが違って、民俗の写真は思うようには写らなかった。あるいは写せなかったといった方がよいのかもしれない。民俗を記録する、それはただのムード写真ではいけない。一つの民俗事象を適格に一枚のフィルムにおさめなければならない。それができなかったのである。
 日本観光文化研究所では『あるくみるきく』という小冊子を毎月一回発行している。その小冊子の視点は、文化を見つめる目を養おうというもので、その目は国内に限らず広く海外に向けられている。ひとり立ちして間もないころ、私は宮本先生の指導を受けながらその小冊子のための写真取材で国内を歩かせてもらった。
「だめだなあ、何を写そうとしているのかわからんじゃないか」
その結果がいつもそうだったのである。
「上州に都丸さんという民俗学をやっている人がいる。何を写したらいいか、その都丸さんに教えてもらいながら、少し上州を歩いてみるか」
『あるくみるきく』の「奥利根」の執筆を都丸先生にお願いし、私がそれに必要な写真を写すということで、私はかって祖父や母たちがいたことのある上州に行くことになった。 勢多郡黒保根村の黒保根中学校々長室に初め都丸先生をたずねたのは、昭和四十二年十月六日のことである。見えない糸のつながりが私とのものになった日、その日は私にとってそうもいえる日である。
いま振り返ってみると、もしその上州でも写真に対する私の目が少しも開かなかったなら、私は私自身で"だめだ"と力つきていたかもしれない。しかし、幸いなことにほんの少しだけ先が見えるようになった。それは忘れもしない、片品村の新井というところでのことである。
 黒い雨雲が頭上を早足にかすめて向いの山に渡ると、もれ日がさっと差し込んで谷間に大きな虹の輪を描いた。私の目の前には、冷たい秋雨に打たれながらも稲刈手を休めようとはしない農婦がいた。
 その一瞬、虹の美しさもさることながら、私はそうして野良に生きる人々のなんと美しいことか、と思った。そしてその感動のままに私はただ無心にシャッターを押しつづけた。それが、何を写せばよいのか、ということに気づくきっかけになった。
ずっと後になって、あのときのひらめきはもしかすると天国にいる祖父や母が目には見えない糸で私を繰ったのではないかと思ったりした。私の写真に対する目が、そうして祖父や母のいた地で開いたことをいまでも喜んでいる。
 私の写真はいまでもそうであるが、絵としてはそのときの写真も決していい絵ではなかった。しかし、私が目を開くことになった写真として、私には好きな写真の一枚になっている。この写真の中では三二一と三二三~三二六のものが同じころに写したものである。
以下省略



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このようなことが頻繁におこるので、カラクリを推測して見ました。(多数の出品者の画像が同様に狙われての出品物がAで無断で多数出品されています。無在庫販売転売屋の事です。)
・対象商品は、3000円から5000円位の珍しい本がターゲットです。パクった画像を使い12800円から数万円の価格で出品されています。1万円ぐらい儲けるわけですネ。落札して在庫にしてからそれを幾らで売っても良いとは思いますが(転売屋を嫌う出品者も実は多い)これらの業者は買い手がついてから落札に走るわけです。これがいわゆる無在庫販売です。それも確実に手に入るとは限らない無在庫販売です。パクられた画像で、既に落札済は幾つもあるのでこれらの落札済みの商品をこれらの業者が入手することは限りなく出来ないのです。
・弊方の3000円前後の本のタイトルをコピペして大手Aの※検索窓で確認下さい。のトップページを筆頭にパクった画像7枚を確認できます。に出品した同じ透かしある画像と枠組みに入れた画像を確認できるはずです。
・さて、大手Aでで私の出品中の本を購入したらどうするのでしょうか?この大手Aの出品者の評価を見ると、商品が無いので、購入者へキャンセルを強要しているコメントがいくつもあります。知恵袋を検索すると、購入者が現れてから初めて手配に動くので、既に落札されていたり、他の入札と張りあわなければならない(且つ、落札まで最大7日必要)ので商品を確保する確率が非常に低いのです。その為グループ会社でも販売しているのでタイミングに依っては販売済になります、と注意書きを入れています(悪智慧)。入札の競い合いの無いMがよく狙われていたらしいのですが、適度の商品が少ないらしくからも調達するようになったのだと思われます。即決設定商品は特に狙われやすい。
・売れたら、商品を調達する、無在庫販売です。では原則禁止行為ですが大手Aは可能なのでしょうね?
・大手Aのサイトにも,違反の通報システムがあります。弊方ひとりで通報していても効果が薄いのです。
2024年11月現在(※アマゾンに地道に削除依頼をしていますので少なくはなっていくかも知れません)
・大手Aの無在庫転売屋へ警告:調子に乗って画像などをパクリまくって(無断使用)いると著作権侵害による損害賠償請求を行います。画像1枚当たりの損害金は100円/1日あたり、タイトルは1000円/1日当たりとします。掲載日から掲載停止日までの金額を損害賠償金とします。(例:100円x10枚x100日 1000円x100日=200,000円)
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