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ブリュル:ピアノ作品集 ソナタop.73マズルカ/即興曲/ワルツ/子守唄/輪舞/日本風の行進曲/メヌエット/ガヴォット/ノヴェレッテ/メロディ楽譜
ブリュル:ピアノ作品集 ソナタop.73マズルカ/即興曲/ワルツ/子守唄/輪舞/日本風の行進曲/メヌエット/ガヴォット/ノヴェレッテ/メロディ楽譜 [浏览原始页面]
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内容紹介
ブラームスやマーラーとも親交の深かったオーストリア人作曲家〈ブリュル〉の枯淡な味わいを持つ作品集。イグナツ・ブリュル(オーストリア、1846-1907)はモラヴィア(現在のチェコ)出身。裕福なユダヤ人商人の家に生まれ、ウィーンで活躍したピアニスト兼作曲家である。16歳の時に、ウィーンを訪れたアントン・ルビンシテインに認められ、国内外で行われた数々の演奏会でピアニストとしても作曲家としても大成功をおさめるなど、生前に地位と名声を得た作曲家であった。ウィーンの銀行家の娘マリー・ショースタークとの結婚後は、ブリュルのサロンがウィーン音楽の中心となり、ブラームスやマーラーらと親交を深めていた。よき家庭人であり、何よりも家族、友人を大切にしたブリュルの作風は、無駄な装飾のない簡潔で、穏健で保守的なものであるが、特に晩年の諸作の洗練されたピアノ書法は枯淡な味わいをもつ。彼の死後、ナチスの台頭とともにユダヤ人であったブリュルの名は音楽史から抹消されてしまった。 本書では、ブリュルの数多いピアノ小品の中から厳選した楽曲を収載している。


作曲:イグナーツ・ブリュル[Ignaz Brll]
校訂・解説:八木良平[ヤギ・リョウヘイ]
発刊日:2009.07.30
判型:菊倍判
頁数:128
発行・販売:株式会社プリズム

【収載曲目】
※3つのピアノ 作品11
01)ロマンツァ
02)即興曲
03)マズルカ

※2つのピアノ曲 作品50
01)円舞曲
02)オクターヴ練習曲

※3つのピアノ曲 作品53
01)奇想的円舞曲
02)メロディ
03)カヴォット

※ソナタ 作品73
01)第1楽章
02)第2楽章
03)第3楽章
04)第4楽章

※3つのピアノ曲 作品93
01)子守唄
02)即興曲
03)輪舞

※2つのピアノ曲 作品94
01)ゴンドリエラ
02)日本風の行進曲

※3つのピアノ曲 作品101
01)メヌエット
02)ガヴォット
03)ノヴェレッテ


著者について

イグナツ・ブリュル(Ignaz Brll)は1846年11月7日、モラヴィアのプロスニッツ(現在のチェコ、プロスチェヨフ)に生まれた。両親は裕福なユダヤ人商人であった。1850年ウィーンに移住、以後生涯ウィーンを中心に活動する事となる。
8歳の頃ピアノのレッスンを母親から受けるや、その才能をあらわし1856年からはピアノをユリウス・エプシュタインに師事する。エプシュタインはブラームスの親友であり、またマーラーの師としても知られる人物である。また、作曲をヨハン・ルフィナッチャとフェリックス・オットー・デッソフに師事する。
後にカール・ゴルトマルクは16歳のブリュルの印象をこう回想している。

「1862年の冬のことであった。私はユリウス・エプシュタイン教授の14歳ほどばかりの彼の弟子と顔を合わせた。その少年はピアノを演奏しはじめる。ほっそりとした体躯、やせた顔つきであったが美しくどこか激しさを秘めた青い目、それは高潔な音楽をあらわしているようだ。その少年こそがイグナツ・ブリュルである。彼は幾つかの自作曲を演奏してくれたが、それらは彼の無垢な性格を示していた。そして彼独特の成熟もあらわれていた。無論、それは彼の成長とともに顕著に深化していくものであるが…。その高潔な音楽は彼の家庭の良さから育ったものだろう。」

1860年にピアノ協奏曲第1番 作品10が書かれ、翌年エプシュタインによって初演される。この演奏は大変な成功であったという。
1862年アントン・ルビンシテインがウィーンを訪れる。その際ブリュルはルビンシテインの前で「3つのピアノ曲 作品3」を演奏することとなる。ルビンシテインはブリュルの才能にいたく感心し音楽家としての研鑽を積む事を勧める。
以後ブリュルは作曲家、ピアニストとしてウィーンを中心に活動していく事となる。
ベルリン、ドレスデン、ライプツィヒといった大都市をはじめドイツの地方でも演奏会を催し、その演奏会では自作曲を中心にベートーヴェンの「月光」、シューマンの「幻想曲」「謝肉祭」、リストの「ドン・ファン幻想曲」、ブラームスの「パガニーニ変奏曲」などを弾きこなしたという。
自作のピアノ作品の評価は非常に高かったが、1875年に初演されたオペラ「黄金の十字架」の大成功によってブリュルの作曲家としての名声は一気に高まった。このオペラはイギリスでも上演され、ブリュルも1878年、1881年にイギリスで演奏会を行い成功を収めている。ピアニストとしてのキャリアはこの頃を頂点とし、以後演奏会を減らし作曲に専念するようになる。
1882年にウィーンの銀行家の娘マリー・ショースタークと結婚。ブリュルのサロンがウィーンの音楽界の中心となっていく。先述の師エプシュタイン、ゴルトマルクの他エドゥアルト・ハンスリック、グスタフ・マーラーといった面々と親交を深めるがブラームスとの友情は特別のものであったようである。ブラームスはブリュルの作品をゴルトマルクやマックス・ブルッフのものよりも評価していた。
また交響曲第3番、第4番は管弦楽による初演に先立ちブラームスとブリュルのピアノデュオによって友人達の前で演奏されている。なお、ブラームスの「7つの幻想曲 作品116」第1~3曲、「3つの間奏曲 作品117」第2曲はブリュルが初演している。
1906年には60歳を記念して演奏会が催されるが、数ヶ月後の1907年9月17日ブリュルはウィーンで急逝する。その死後もオペラ「黄金の十字架」は上演されていたが、ナチスの台頭とともにユダヤ人であったブリュルの名は音楽史から抹消されてしまう。

ブリュルはよき家庭人であり、何よりも家族、友人を大切にした。1871年ベルリンの音楽大学からのピアノ科教授の要請をウィーンを離れ家族、友人と別れたくないという理由で断っている。ブリュルの作風はゴルトマルクの指摘のように「家庭の良さから」生まれたものであろう。
無駄な装飾のない簡潔で、穏健で保守的なものである。反面その人生において大きな事件、挫折がないためか深みに欠けるともいえる。
また新しい音楽においては積極的とはいえず、シェーンベルクの「浄夜」は1899年、フランスではドビュッシーが「牧神の午後への前奏曲」を1894年に書き上げている事をみれば、ブリュルの作品は当時既に古いスタイルであったと思われる。
しかしその飾り気のないシンプルな書法、特に晩年の諸作の洗練されたピアノ書法は特筆すべきものである。
定価¥2,520

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