
商品説明等々、長文で大変申し訳ございませんが、取引トラブルを避ける為、ご面倒かとは思いますが、最後までお読みください。
[取消・キャンセル]はお受け出来ません慎重にお考えの上で責任あるご入札を宜しくお願い致します。
取扱い商品の都合上 鑑定書(認定書・極め書き)の無い物についての「商品説明等々」は有りませんので あくまでも当方の「主観」で説明しています。また 当然の事として「使用感・経念感」はあります。
そういった事や「経年・使用」の時代経過の状態を気になさる方 また神経質な方は ご入札を控えて頂いたほうが 宜しいかと存じますので入札をご遠慮 お願いします。
( 説明解釈等々の過ち 記述の誤り等々はご容赦願います。尚「解釈の過ち・記述の誤り」等々があった際には「画像」での確認の方を優先してお考え下さい。)
サイズ約(cm)7・87×7・24 斜めの長さ 7・35 厚さ 切羽台 0・47 耳の所 0・38 重量 117g (家庭用の料理秤にて計測)
(慎重に測っていますが あくまでも参考寸法とお考え下さい)
保存刀装具鑑定証 縄目円相雷文繋図鍔(無銘・肥後)付・桐製桑縁落し込み鍔箱(布団入り)が付いています。
(商品説明の下部に「追加画像」を添付してありますので ご確認のうえ応札願います。)
この度の鍔(縄目円相雷文繋図)は当方が「日本美術刀剣保存協会」に「保存審査」を依頼して「保存刀装具鑑定証(無銘・肥後)」を取得しましたので「正真保証」です。
(尚 当方では「鑑定審査物件」が「在銘」の時には「真・贋」を また「無銘」の時には「個銘・流派」が分かれば良いので 高額な鑑定料の「特別保存鑑定」には「鑑定」の提出依頼はしていません。)
この度の鍔は強靭に鍛錬し地造り強い「鉄磨地」を「撫木瓜形」に仕立て切羽台から耳に向かって微細に肉を落とし、特有の「小柄櫃・笄櫃」を大胆且つ繊細にに施して有ります。
表裏の「耳際」に細密な「雷文繋」を「黄銅地」で「平象嵌」を繊細且つ丁寧に施して有り
「鍔表」には「二重縄目円相」を「黄銅地線象嵌」し「鍔裏」には「一重円相」を「銀線象嵌」が趣良く施し仕立ててあります。
「肥後金工」特有の作として特徴的な構図よく描写が見事で「品位」あり筋の通った「名鍔」で江戸後期頃の「神吉」あるいは江戸中期「西垣勘四郎」の作と思われます。
「時代物」として出来栄え保存状態共に「最上々」の「優鍔」です。
この度の鍔は強靭に鍛錬し地造り強い「鉄磨地」に「象嵌」が趣に満ちた出来栄えで楽しめる鍔です。また鉄地の鍛錬が良い為に指で弾くと 金属的な良い音がして時代物としては 鉄味良く鉄質も上々です。
「西垣家」は初代から三代まで「勘四郎」を名乗り、初代は名工の「平田彦三」の門人となり後「細川家」の抱え工となる名工で通称吉弘、元禄6年没す。二代・三代共に「勘四郎」共を名乗り名工です。
「神吉家」は肥後金工の一派の苗字で「深信・楽寿」の名工がいます。
「肥後金工」は「武将や武士(もののふ)」に大いに好まれ繁栄した江戸期の肥後国を代表する一派です。
「金工銘鑑・金工事典・肥後金工大鑑・刀剣月刊誌」の「神吉・西垣」部分を参考コピーとしてお付けします。
江戸時代の鍔ですから当然の事として「使用感・経念感(雷文の若干の象嵌落ち)」はありますが当方見る限り 問題になる傷みは無く「時代物」としては最上々の状態ですが 時代を経た物である事をご理解のうえ応札願います。
(雷文の若干の 象嵌落ちは「時代物」ですので許される範疇と思われますが、詳しくは画像をよく確認のうえ応札願います。)
入札及び落札後のキャンセル・返品は基本的にお受け出来ません。画像を多数入れてありますので よく確認のうえ 疑問点は質問して 責任を持って応札をお願い致します。
送料は 全国¥600円(レターパックプラスにて発送) 宜しくお願いします。
詳しくは画像をよく確認のうえ 疑問点は質問にて。以上の記載内容・画像を御納得いただき お取引していただける方のご入札お待ちしております。
(2026年 2月 18日 16時 31分 追加)
鍔 縄目円相雷文繋図 保存付.肥後.名工の「勘四郎.神吉」に通じ優鍔也.撫木瓜形.鉄磨地.黄銅銀線象嵌.鉄質鉄味上々 「肥後金工」特有の作として特徴的な構図よく描写が見事で「品位」あり筋の通った「名鍔」で江戸後期頃の「神吉」あるいは江戸中期「西垣勘四郎」の作かと思われます。
この度の鍔は強靭に鍛錬し地造り強い「鉄磨地」を「撫木瓜形」に仕立て切羽台から耳に向かって微細に肉を落とし、特有の「小柄櫃・笄櫃」を大胆且つ繊細にに施して有ります。
表裏の「耳際」に細密な「雷文繋」を「黄銅地」で「平象嵌」を繊細且つ丁寧に施して有り
「鍔表」には「二重縄目円相」を「黄銅地線象嵌」し「鍔裏」には「一重円相」を「銀線象嵌」が趣良く施し仕立ててあります。
「肥後金工」特有の作として特徴的な構図よく描写が見事で「品位」あり筋の通った「名鍔」で江戸後期頃の「神吉」あるいは江戸中期「西垣勘四郎」の作かと思われます。
「時代物」として出来栄え保存状態共に「最上々」の「優鍔」です。
「西垣家」は初代から三代まで「勘四郎」を名乗り、初代は名工の「平田彦三」の門人となり後「細川家」の抱え工となる名工で通称吉弘、元禄6年没す。二代・三代共に「勘四郎」共を名乗り名工です。
「神吉家」は肥後金工の一派の苗字で「深信・楽寿」の名工がいます。
「肥後金工」は「武将や武士(もののふ)」に大いに好まれ繁栄した江戸期の肥後国を代表する一派です。
「金工銘鑑・金工事典・肥後金工大鑑・刀剣月刊誌」の「神吉・西垣」部分を参考コピーとしてお付けします。